歌が抜群に上手い人と、プロの現場で重宝される人。実は少し違います。
歌が抜群に上手い人と、プロの現場で重宝される人。実は少し違います。
歌が非常に上手いのに、「この人はプロの現場に出たら苦労するかもしれないな」と感じることがあります。
特に、プロを目指してトレーニングしている歌手やミュージカル俳優の方に見られるケースです。
例えば、何ヶ月、あるいは何年も歌い込んできた得意な楽曲を聴かせてもらうと、とても素晴らしい歌唱を披露してくれます。
ところが、新しい楽曲を歌ってもらうと、驚くほどクオリティが落ちてしまう。
もちろん、楽曲には向き不向きがあります。しかし、仮に似たようなタイプの楽曲であっても、大きな差が生まれてしまうとしたら?
僕はここに、歌手としての技量を考える重要なヒントがあると思っています。
【1曲を歌い込むことと、歌唱技術を習得すること】
何年も練習した楽曲では、メロディーやリズム、ハーモニー、フレージングなどを深く理解できていることでしょう。
しかし、それらの情報を楽曲全体の流れとして記憶し、特定の曲だけで成立する歌い方を身につけている場合もあります。
つまり、その楽曲を非常に上手く歌う方法は習得していても、ほかの楽曲に応用できる技術が十分に育っているとは限らないのです。
例えば、同じようなリズムパターンを持つ楽曲なのに、新しい曲になった途端、グルーヴをつかめなくなってしまう。
あるいは、似たメロディーの動きでも、発声をうまくコントロールできなくなってしまう。
こうした場合、以前の楽曲でできていたことを、新しい楽曲に応用する能力が十分に身についていない可能性があります。
【プロの現場では、楽曲を仕上げるスピードも実力のうち】
例えば商業ミュージカルでは、限られた稽古期間の中で、複数の楽曲を仕上げなければなりません。
仮に稽古期間が3ヶ月だったとしましょう。
歌だけでなく、芝居や振り付けなども習得する必要がある中で、1曲を仕上げるために何ヶ月も何年もかけることはできません。
得意な楽曲では素晴らしい歌唱を披露できても、新しいナンバーでは同じ水準の歌唱に到達できない。
これでは、プロの現場で求められる仕事を成立させることが難しくなります。
そしてもう一つ大切なのが、観客やファンの期待です。
以前の作品で素晴らしい歌唱を聴いた観客は、次の作品でも同じようなクオリティを期待するでしょう。
新しい作品になるたびに歌唱の完成度が大きく落ちてしまえば、その期待に応えられなくなる可能性もあるわけです。
僕は、楽曲を仕上げるスピードも、プロの歌手に求められる重要な技量の一つだと考えています。
【音楽の普遍性を見つけるトレーニング】
では、どうすれば新しい楽曲にも素早く対応できるようになるのでしょうか?
重要なのは、さまざまな楽曲を経験しながら、その中に共通する音楽的なパターンを見つけていくことだと思います。
例えば、8ビートや16ビートのグルーヴ、メロディーの動き、コード進行、フレージングなど。
楽曲には、それぞれ固有の特徴がある一方で、ほかの楽曲と共通する要素もたくさんあります。
そうした共通点を理解できるようになると、新しい楽曲に出会ったときにも、これまで習得した知識や技術を応用しやすくなります。
これは運動学習でいうTransfer(転移)という考え方にもつながります。
ただ曲数を増やすだけでなく、「以前練習した曲と、どこが共通しているのか?」を考えながら練習することが大切です。
【1曲を深く、同時に多くの曲を経験する】
もちろん、1曲に真剣に向き合い、時間をかけて完成度を高めることには大きな価値があります。
細かい音楽表現を研究したり、発声技術を磨いたりするためには、じっくりと楽曲に取り組む時間も必要でしょう。
ただ、その練習だけでは、新しい楽曲への対応力が十分に育たないかもしれません。
僕がおすすめしたいのは、1曲を深く練習することと、さまざまな楽曲を経験することを並行して行う方法です。
そして、経験した楽曲に共通する音楽的なパターンを見つけ、自分の技術として蓄積していく。
プロの歌手に求められるのは、素晴らしい歌を歌う能力だけでなく、そのクオリティを新しい楽曲でも、限られた時間の中で実現する能力です。
ぜひ、今取り組んでいる楽曲だけでなく、次に出会う楽曲にも対応できるようなトレーニングを意識してみてください!