ボイストレーナーの指導法|観察・考察・共同で組み立てる声の分析フレームワーク【ジョン・ヘニー先生 来日WS 2日目レポート】
こんにちは!VTボイストレーナーの三浦優子です。前回に引き続き、世界的ボイストレーナーであるジョン・ヘニー先生の来日ワークショップ(以下、WS)2日目の様子をレポートします。
今回はボイストレーナー養成講座VT-RV生限定のWSでした。ジョン先生は著書『Teaching Contemporary Singing』を出版されているなど、これまでたくさんのボイストレーナーを指導してきた経験豊富な先生です。
6時間半に及ぶ講義とライブレッスンの様子をたっぷりお届けします。
声を分析する3ステップ|「観察・考察・共同」の指導フレームワーク

WSは、「レッスンで行き詰まった時の考え方」というテーマからスタートしました。
ジョン先生:「駆け出しの頃はレッスンで行き詰まることも多い。私も始めの頃は、生徒の評価をして『 足りないものを教えていく』ようなレッスンをしていた。経験を積んだ今は、かなり流動的になっている。目の前の生徒さんに、この瞬間、どんなことが必要なのかを調整するようになった。」
ジョン先生が行なっている「観察・考察・共同」の3ステップというフレームワークは、ボイストレーナーとしてとても役立つ考え方です。目の前の声を聴いた時に、どこに着目してエクササイズを組み、処方していけばいいのかを説明していただきました。
三角形の図で理解する指導の流れ【分析のフレームワーク】ジョン先生から、大まかな流れを三角形の図を使用して、わかりやすい解説がありました。

このように、「観察→考察→共同」のサイクルを繰り返していくのが、ジョン先生の指導の基本的な流れです。
大切なのは、このサイクルが一度で終わらないこと。
共同(エクササイズの処方)を行った結果を再び観察し、また①に戻り考察する。その繰り返しの中で、生徒さんの状態に合わせて指導を調整していきます。
驚いたことに、経験豊富なジョン先生でも、「何ができていないのかわからない」という状況があるのだそうです。そんなときこそ、この三角形に立ち返るとのことでした。
指導力を高める復習法|自分のレッスンを録音して振り返るさらにジョン先生からは、ボイストレーナー自身の学び方として、自分のレッスンを録音して振り返ることについて提案がありました。
実際にレッスンをしている最中は、生徒さんの声を聴き、ピアノを弾き、エクササイズを選び、言葉をかけていくため、どうしても目の前の対応でいっぱいになります。ですが、あとから録音を聞き返すことで、レッスン中には気づけなかったことが見えてきます。
ジョン先生からは、録音を聞きながら、つまずいたところを紙に書き出してみるとよいとアドバイスがありました。特に注目するのは、次のようなポイントです。
・何が聞こえているのか
・なぜそう聞こえているのか
・気流・母音・声帯のバランスはどうなっているのか
・自分が処方したエクササイズは何だったのか
・ほかにどんなエクササイズが考えられるのか
・より良いエクササイズは何か
・あまり適していなかったエクササイズは何か
・自分の考え方に偏りはなかったか
この振り返りは、単に「うまくできたか、できなかったか」を確認するためのものではありません。
✅️同じ声に対して、どのような見方ができるのか。
✅️ほかにどんなアプローチが考えられるのか。
✅️自分はどの要素に注目しすぎていたのか。
そうした視点を増やしていくためのトレーニングです。実際に振り返るときは、次のような項目に分けて見直すと、レッスン中の判断を客観的に整理しやすくなります。
レッスン録音を振り返るときの整理ポイント

録音を聞き返すことで、自分の判断のクセにも気づきやすくなります。
たとえば、いつも母音からアプローチしているのか、子音に頼りすぎているのか、スケールの選び方が固定されていないか。そうしたことを客観的に見直すことで、声への向き合い方がより柔軟になります。
同じ生徒さんの声でも、考えられるアプローチは一つではありません。
録音を聞きながら複数の可能性を書き出していくことは、ボイストレーナーとしての引き出しを増やす練習にもなるのだと感じました。
私自身も、自分のレッスンをこのような視点で定期的に振り返ることで、偏った考え方にならず、より多角的に声を見られるようにしていきたいと思います。
加齢による声の変化|ジョン先生自身の経験から学ぶ

WSの中盤では、加齢による声の変化について取り上げられました。
実はジョン先生ご自身も、年齢を重ねる中で「声が薄くなっている」「弱くなっている」と感じたことがあったそうです。昔は出せていた音を保てなくなったり、声に不自然な震えが出たり、体がこわばってうまくいかなかったりする経験もあったとのこと。
最初は、「努力が足りないのでは?と感じていたのですが、その後、病院で「発声振戦症」と診断されたそうです。
発声振戦症とは、声を出すときに、自分の意思とは関係なく声が震えてしまう症状のことです。
当時は原因や改善方法がわからなかったのですが、【VT-RV】の講義でも講師を務めているケリー・オバート先生の指導を受け、今も震えはあるものの、制御することができているそうです。
前日のWSでも、声の震えをまったく感じさせないパワフルな声を出されていたので、このお話を聞いたときはとても驚きました。同時に、何か症状が出てしまっても、適切なトレーニングによって声を保つことはできるのだと、大きな希望にもなりました。
加齢によって声に起こる変化加齢による声の変化は人によって違い、とても複雑です。一般的には、次のような変化が声に影響してくるそうです。

こうした変化によって、男性は声帯の表面が薄くなり、振動が減ってくることがあるそうです。一方、女性は声帯に厚みが出たり、筋力低下によって喉頭が下がったり、換声点が変わっていくこともあるとのことでした。
声の変化は、声帯だけの問題ではありません。筋肉、ホルモン、呼吸、体力など、体全体の変化が声に関わっているのだと感じました。
若い頃の声に戻すのではなく、今の楽器を扱う加齢による声の変化について、ジョン先生はとても前向きな言葉をくださいました。
ジョン先生「体は鍛えることができます。年齢が何歳であっても、良い状態に持っていくことはできます。ただし大切なのは、25歳の頃と同じ状態には戻れないと受け入れることです。」
若い頃の自分と比べ続けると、どうしても「できなくなったこと」に意識が向きやすくなります。
ジョン先生「違う楽器になっていることを受け入れると、今の楽器をどう扱うかにフォーカスできます」
加齢による声の変化は、ただ衰えとして捉えずに、今の体に合わせて声の使い方を再設計していくものなのだと感じました。
私はまだ30代なので、加齢による声の変化は感じていませんが、加齢による声の変化には今後必ず関わっていくので、とても勉強になりました。
ライブレッスンで学ぶ|翻訳曲のベルティングと母音調整
WSの終盤では、ライブレッスンが行われました。
1人目の生徒役の女性は、地声から裏声へ切り替わるときに、声が薄くなってしまうというお悩みをお持ちでした。
エクササイズを聴いていると、チェンジの部分は特に大きく気にならないとのこと。ただ、実際に歌っていて気になるのであれば、喉頭を下げるようなエクササイズを行うとよいとアドバイスされていました。
楽曲は『リトル・マーメイド』の「パート・オブ・ユア・ワールド」を日本語の歌詞で歌われました。
ここでジョン先生は、翻訳された歌について話してくださいました。
ジョン先生「翻訳された歌は、歌いづらさが増すことがあります」
英語バージョンに比べて、日本語の歌詞には、ベルティングをするには難しい母音が入っていることがあるそうです。
そこで行われたのが、ベルティング部分の母音調整でした。
ベルティングで行った母音調整の例

「い」のときの舌が前に出ている感覚を保ちながら、「あ」の口を作っていくような練習です。その後「いますぐ」に戻すと、先ほどよりも声のパワーや豊かさが増しているのがわかりました。
ご本人も「出やすい」と変化を感じていました。
さらに、クライマックスに当たる「あびるの」の「の」を、ベルティングで保つ練習も行いました。
「の」はベルティングをするには難しい母音ですが、ここでも「あ」母音の要素を入れて調整していくと、しっかりと声がハマっているのが聴いているこちらにも伝わってきました。
ジョン先生「実際の話し声とは違う母音の発声になっていると思うけれど、強度を増したいときは、こうやって母音を調整するといい」
前回レポートした「母音の働き」が、実際の楽曲の中でどのように使われるのかを見学できたことは、とても勉強になりました。
▶前回のレポート:なぜミックスボイスは難しいのか?高音が出づらい理由を解説【ジョン・ヘニー先生 来日WSレポート】
ライブレッスンで学ぶ|ベルティングに軽さと感情を加える

続いての生徒役の女性は、ベルティングをしたときに声が薄く硬い感じになること、また20代の頃に比べると素早い動きができなくなってきていることにお悩みをお持ちでした。
いくつかエクササイズを行ったあと、ホイットニー・ヒューストンの「I Have Nothing」を歌唱。
ジョン先生が「どのあたりをどうしたいのか」と尋ねると、サビの「Don’t make me close」の「close」を豊かにしたいとのこと。
ジョン先生は、アプローチ方法は間違っていないとおっしゃっていました。
すると女性は、「テンポを落として練習するとできるけれど、実際のテンポになるとついていけない」と相談。
まずジョン先生は、「close」の母音を、歌唱で使いやすい母音へ微調整していきました。
すると、声は豊かに変化しました。
ただ、ご本人の感覚としては、「1曲歌うには少し重い感じがする」とのことでした。
そこで次に、ジョン先生は軽さを意識できるような身振りを入れたアプローチを行いました。
身振り一つですが、聴いている側にも、声に軽さと明るさが加わったことがわかりました。さらに、そこへ深さを加えるように息を流していきました。
声を変えた3つのアプローチ

次に注目したのが、歌詞の意味です。
ジョン先生「“Don’t make me close one more door” は、要求しているのか、それとも誰かを慰めたいのか。どういう気持ち?」
女性が「要求している」と答えると、ジョン先生は「もっと要求しているように」と、まず歌詞を言わせてから歌う練習を行いました。
すると女性は、「先ほどよりも軽く、でもしっかり出ている感じがある」
と感想を述べられていました。
聴いている受講生からも「おぉ〜」と変化に歓声が上がりました。ここで印象的だったのは、声の調整が、母音や息だけで終わらなかったことです。
身振り、歌詞の意味、感情の方向性まで含めて、声が変わっていきました。
ジョン先生「15万年前にあった一番初めの言語は、歌うような言語で、感情を表現するようなものだった。だから歌うということ自体が、自分の中の原始的な部分に立ち戻ることなんだ」
さらに、こう伝えてくださいました。
ジョン先生「究極的に言うと、テクニック面は考えずに、感情を持ってこのような声を出すことが到達点。スキルはそのために養い、磨いていくもの」
歌は、スキルばかりを披露するものではありません。
かといって、感情に任せるだけで発声が崩れてしまっては、歌として成立しにくくなります。
技術があるからこそ、感情を安心して出せる。
感情があるからこそ、技術が歌として生きる。
その両方が必要なのだと、改めて歌の奥深さを感じました。
6時間半のWSを終えて|技術と表現の両方を学んだ2日間

こうして、6時間半に及ぶWSは終了しました。ジョン先生は、発声の科学的なメカニズムや、ボイストレーナーとして教える技術を深く理解されている先生です。
そのうえで、歌とはどういうものなのかという「表現」の部分や、歌い手の体の感覚もとても大事にされていました。
この2日間を通して、声を変えるための技術と、歌い手が自分の体や感情にどう向き合うのかという部分まで、たくさんのことを学ぶことができました。
ちなみに、私はこの翌日にプライベートレッスンも受けました。25分のレッスンの中で、私の声色や喉頭の位置から、「きみの場合は、ベルティングをするときにトゥワングはしなくて大丈夫」と見極めていただきました。
そして、これまでベルティングがうまくできなかったフレーズを、パワフルなベルティングへと導いてくださいました。
一人ひとりの声を見極め、その人に合った方法で声を変えていくジョン先生の指導を、講義でもレッスンでも体感できたことは、本当に貴重な経験でした!
3月から始まった【VT-RV】第3期の講義も、折り返し地点となりました。次回のレポートもお楽しみに!
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投稿者プロフィール

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大阪音楽大学短期大学部ミュージカルコース卒業
宝塚音楽学校附属宝塚コドモアテネ卒業
幼少の頃からクラシックバレエを習い、毎年行われる発表会やその他数々の公演、業界最大手の舞浜大手テーマパークのショーやパレードに出演。
ダンスパフォーマンスにおいては特に活躍を遂げ、忙しい日々を送ると同時にボイストレーニングを続けるが、自分の悩みを解決できる先生となかなか出会えず「これで上達できるのか?」と不安を感じ、次第に歌を諦めてしまう。
そんな中、発声を科学的に捉え、的確なトレーニングを行えるVTチームの存在を友人から聞き、VTチームのレッスンを受講。
ハリウッド式ボイストレーニングに感銘を受ける。
現在は自身の「踊りながら歌う難しさ」を克服した経験を活かし
「ダンサーとしてミュージカルの舞台に立ちたい」
「ミュージカルに出演しているが、シンガーの枠に入りたい」
という方々を中心としたサポートに向け、勢力的にトレーニングを行っている。
全米ヨガアライアンスRYT200を取得し、ヨガインストラクターとしても活躍中。
クライアント一人ひとりに合った姿勢矯正を行うことにより、発声の改善、呼吸の改善、ダンスの改善を行い、クライアント様から高い評価を得ている。
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