金子 恭平2026年5月4日 7:34 am
【ハリウッド式ボイストレーニングはどのように生まれた?】
Speech Level Singing (元祖ハリウッド式トレーニング)を開発、発展させたのはセス・リッグスという偉大なボイスティーチャーです。
マイケル・ジャクソン、スティービー・ワンダー、マドンナ、プリンス、レイ・チャールズからレッド・ホット・チリ・ペッパーズやエアロスミスに至るまで、ジャンルを超えてあらゆるセレブリティたちが彼の指導を受けました。
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▼若き才能と葛藤
1930年に生まれ、7歳から歌い始めたセス・リッグスは、1949年(当時19歳!)にボーカルコーチとしての活動を開始したそうです。
ピーボディ音楽院およびマンハッタン音楽院で音楽教育を受け、ジョンズ・ホプキンス大学では演劇の学士号を取得しています。
充分な実績を積み上げながらも、リッグス氏はフラストレーションを抱えていました。
「なぜ偉大な歌手たちは、純粋な母音、均一なレガート、安定したビブラートを保ったまま、声の最低音から最高音まで移行できるのか?私ができなくて、彼らがやっていることは何なのか?私には歌えるはずだと証明する数々の書類(学位や推薦状)があったが、実際には歌えなかった」
そう、才能あふれるリッグス氏もまた、僕たちと同じように「換声点」に悩まされていたのです。
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▼イタリア・オペラとの邂逅
リッグス氏は自身の声の問題を解決する答えを求めて、過去の偉大な歌手たちの実践、とりわけ中世のローマ教皇庁聖歌隊(Schola Cantorum)の訓練法や、イタリアのベルカント唱法の系譜へと遡って研究を進めました。
のちにリッグス氏は教育的影響を受けた人物として、アントニオ・コトニー(1831–1918)、マッティア・バッティスティーニ(1856–1928)、リッカルド・ストラッチャーリ(1875–1955)、ジュゼッペ・デ・ルーカ(1876–1950)といったイタリアの歴史的なバリトン歌手を挙げています。
リッグス氏は、彼らがパッサッジョ(声区の移行帯)をファルセットに逃げることなく、また叫ぶこともなく、純粋な母音を維持したまま完璧に歌い抜く「欠点のない技術」を体現していると分析しました。
そして、リッグス氏の方法論に最も決定的かつ直接的な影響を与えたのは、イギリスに定住したイタリアのテノール歌手であり著名な指導者であったエドガー・ハーバート=チェザーリ(1884–1969)です。
チェザーリは、オールド・イタリアン・スクール(ベルカント唱法)の教えを復活させるための研究で世界的な名声を得ていた人物です。
17~19世紀にわたって繁栄したベルカント唱法は、「声区の融合」を命題として掲げていました。これが現在の「ミックスボイス」の起源です。
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▼ベルカントの翻訳
ベルカント唱法のエッセンスを抽出したリッグス氏は、「母音、子音、音階」を組み合わせた「ツール」の処方により、歌手に意識させることなく望ましい機能的状態(声帯の閉鎖と気流のバランス)を誘発するという画期的な手法を体系化しました。
作為的に声を作ろうとした際に起こる力みを構造的に防ぐこの手法は、近年研究が進みつつある運動学習理論を先取りしていたといえます。
Speech Level Singingは、「古のベルカント唱法」をマイクを通したポップスやロックの要件に適合させた歴史上初のメソッドであったと結論付けられています。
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▼なぜ「スピーチ・レベル」なのか?
リッグス氏は、音程の上昇のために喉頭が上がることを絶対悪としました。
「発話時の安定した喉頭の位置が理想であり、歌唱時もそれを維持すべきである」という理念が、Speech Level Singingという名称の由来です。
注意しなければならない点がここにあります。
「喉頭はいかなる音域においても絶対的にスピーチ・レベル(安静状態)を維持しなければならない」という教義は、現代の解剖学および音響物理学の知見からは否定されています。
特に地声的な音色で高音域を歌うとき、喉頭の上昇は「必要」なのです。
一方、訓練の進んでいない歌い手の多くは、高音にリーチするため過剰に喉頭を持ち上げてしまう傾向にあります。こうした方がトレーニングを行うとき、「スピーチ・レベル」のアイデアはより良い声に向かうためのイメージとして機能するでしょう。
かつてのセス・リッグスの発言全てが科学的に支持されるわけではなくとも、彼の教義と方法論が持つ実践的な価値は計り知れません。
「私の指ではなく、指差した月を見なさい」とは釈迦の言葉ですが、リッグス氏の発言の粗探しをするよりも、彼が向かわせようとした「声」を感じ取り表現することが大切なのでしょうね!