金子 恭平2025年3月24日 12:44 pm
【“お腹から声を出す”は正解で不正解】
僕がアイドルとしてデビューする前に、事務所からたくさんのボイストレーニングを受けさせてもらいました。
特に記憶に残っている内容としては以下のようなものがあります。
・走りながら歌う
・お腹を踏まれながら歌う
・時間いっぱい腹筋運動をさせられる
これらは、それぞれ別の先生のレッスン内容です。
当時は腹式呼吸信仰が音楽業界を席捲していました。
今でも「あの人はいい歌手だね。お腹から声が出てるもん!」といった言葉を聞く機会は、結構あるんじゃないでしょうか。
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現在の僕の立場からすると、“お腹から声を出す”は正しいけれど不完全、という認識です。
腹式呼吸(正確には横隔膜呼吸)は大切なのですが、全てを解決する万能薬ではありません。やみくもに腹筋トレーニングに励むのもお勧めできません。
しかし、リスナーが想像する「お腹から出ている声」を作ることには意味があると考えます。
求められるのは、以下の二点でしょう。
1.喉頭(のど仏)が上がりすぎていない
2.声量がある
喉頭は、「下がっている」ではなく「上がりすぎていない」というのがポイントです。
地声のトーンで中高音を歌おうとすれば必ず喉頭は上がります。喉のスペースが狭くならなければ、地声に聞こえる周波数を稼ぐことができないからです。
しかし一方で、訓練されていない歌手の喉頭は過剰に引き上がるものです。この場合はスペースが狭くなりすぎて、無理に絞り出したような音が出てしまいます。このか細い声を嫌うからこそ、「お腹で歌う=うまい」というイメージが広まったわけです。ちなみに日本の古典芸能でも、肚(ハラ)から声を出すことは重要視されてきたようです。
声量に関しては、歌唱のスタイルにより大きかったり小さかったりするものです。しかしその人が持つ声帯と共鳴腔の適正範囲内で、大きな音量も使いこなせる必要はあります。
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「喉頭位置の安定」と「大きな声量」を獲得するには何が必要でしょうか。
ここで真っ先に挙がりがちなのが『横隔膜呼吸』です。
横隔膜は肺に、肺は声帯につながっています。そのため横隔膜を引き下げると、喉頭の過度な上昇を防いでくれます。
また、大音量を作り出すには多くの息が必要になります。吸気を増やすうえで、横隔膜の下垂運動は欠かせません。
こう聞くと、横隔膜呼吸さえ身につければ全て上手くいきそうな気がしてきます。
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しかし実際には、これだけでは発声の問題は解決しません。だから多くの歌手が悩んでいるのです。
横隔膜呼吸が本当に役立ちはじめるのは、声帯周りの筋肉の扱い方を覚えてからです。
声帯を引き伸ばす筋肉、縮める筋肉、閉じる筋肉――これらを必要なだけ稼働し、かつ拮抗させられるようになって初めて、発声器官の準備が整った状態となります。
走ったり跳躍したりするためには、まずは立って歩けなければならないのと同じです。
この順番を間違えると、横隔膜呼吸による大量の呼気を、分厚く合わせた声帯に吹き当てることになりがちです。超強力な張り上げ発声です。ポリープや声帯結節を抱えるリスクが激増します。
声のタイプによって訓練の過程はさまざまですが、基本的に扱う息の量は少ないところから始めて、上達に合わせて増やしていくのが安全でしょう。
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余談ですが、メソッドによっては腹直筋に力を入れるよう指導されることもあります。横隔膜を下げる(結果的に腹圧が掛かる)ことと、お腹の表面を固めることを混同しているのかもしれません。僕もお腹を踏まれながら歌わされていましたし……。
これについては優子先生が面白い実験を提案してくれているので、ぜひ皆さんも試してみてください。